1.ソロの歌を合唱へ編曲
2.日本の合唱〜NHK合唱コンクール2024にみる小中高等学校の「チェンジ」
3.ゴスペル風アレンジ
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1.ソロの歌を合唱へ編曲
シンガーソングライターである緒方悠詠さんのオリジナル・ソロの歌を、女性三部合唱(ソプラノとメゾソプラノとアルト)へ編曲する依頼をいただきました。歌は、日常の素朴な感動を歌い「私」に向かって「ありがとう」と歌います。語るような序盤、ポジティブなメッセージを歌う中盤、そしてサビが大きく盛り上がります。
形式はポップスで、ギターが刻むベースラインとビートが、伸びやかな声と歌詞を引き立たせます。歌うのは今年結成されたばかりの合唱団、若々しいやる気に溢れています。合唱という方法で音楽を追求するのは、SNSの流行による仮想の音楽体験が流行する中で貴重で興味深いなと思います。活動していくのは大変かと思いますが、楽しさもひとしおではないでしょうか。ぜひ今度お話を伺ってみたいと思っています。
2.日本の合唱〜NHK合唱コンクール2024にみる小中高等学校の「チェンジ」
合唱の編曲にあたり、合唱とは何か俯瞰してみましょう。
西洋音楽で合唱は古くはアカペラ(Acapela)で歌われていました。一人一人の歌声が重なり1つの美しいハーモニーとして鳴り響くのは、神秘的です。ビートではなく、和音の推移、強弱の推移が、音楽の推進力となっていて、その希求には、自分の声を他人の声へ委ねるような心理、他人の声を受け入れる心理、そして積極的な信仰心が働くのではないでしょうか。
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私たちにとって西洋音楽の形式の合唱の体験は、教育機関でのものが主流でしょう。
幼児のときは母親や祖母から歌ってもらう子守唄や童謡、民謡に触れて育ちますが、幼稚園や保育園になると童謡や文部省唱歌を合唱します。キリスト教の幼稚園では聖歌、仏教系の幼稚園では仏教聖歌に触れることになります。幼稚園にて童謡を演奏すると園児たちがすぐに反応し唱和してくれるのは、嬉しいものです。
続く小中学校・高校から、音楽の一斉授業で教科書に掲載の歌を合唱する機会が増えます。
練習成果の発表の場として、日本には1932年(昭和7年)に発足したNHK全国学校音楽コンクールがあります。これは「小学校・中学校・高等学校の児童・生徒を対象とした日本を代表する合唱コンクールのひとつ」「毎年新しくNHKが制作する課題曲と自由曲で競い合う教育イベント」(nhk.or.jp 「Nコンのあゆみ」)で、毎年ひとつのテーマの下に、流行作家や詩人による詩、ベテランのクラシックの作曲家人気の高いポップスの歌手による合唱曲で、歌唱の完成度を競います。
出場校は全国規模で、まるで野球部の甲子園のような熱気があります。
以下のページに、エントリー校の演奏の記録動画が紹介されています。ピアノのシンプルな伴奏が瑞々しい10代の歌声を引き立て、どの学校も清廉で健やかな情熱を持って、健闘していることが伝わってきます。
https://www.nhk.or.jp/ncon/on_the_web/
今年2024年のNHK全国学校音楽コンクールの課題曲のテーマは「チェンジ」でした。課題曲を聴いてみましょう。
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第91回:課題曲
小学校の部
作詞:宮藤官九郎「かわっただけだよ ヘンじゃない」 同声二部合唱
【歌詞】
かわった?わからない わかった?かわらない
大きな声で歌ったり はい!
手をあげて発表したり きょねんは楽しかったのに
ことしは なんだかはずかしい
ヘンなの わたしだけ?
(略)
かわっただけだよ ヘンじゃない
わたしのチェンジ ぼくのチェンジ
かわっただけだよ ヘンじゃない
きょねんとことし ちがってあたりまえ
「変わった子を『変わっただけだよ、ヘンじゃない』と励ましてあげたくて」,宮藤官九郎からのメッセージ
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中学校の部
作詞:長家晴子(緑黄色社会)「僕らはいきものだから」 混声三部・女声三部
【歌詞】
僕らはいきものだから
背丈は伸び 嫌でも腹が減る
このままがいい
ただずっと願っていた
昨日と同じ今日でも
守っていた 尊いおもかげを
このままがいい
今に手を振りたくはない
(略)
僕らはいきものだから
変わってゆく 心も身体も
僕らに待ち受けている
出来事の全てが宝だ
さよならだって繰り返す
変わりゆく僕らが美しいのです
「変わっていくのは、動いている、つまり、生きている、ということ。(略) 変化に立ち向かっていってほしい 」,緑黄色社会からのメッセージ
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高等学校の部
作詞:俵万智「明日のノート」 混声四部合唱 混声三声部合唱 女声三部合唱 男声三部合唱
【歌詞】
一番好きな人じゃあないと やや遠回りにフラれた週末
コンビニの雑誌コーナーで 表紙の誰かが笑ってた
愛は勝つと歌う友
愛と愛が戦うときはどうなるのだろう
平均点との追いかけっこに とうとう負けた夏休み明け
全然勉強してないはずの あいつとあいつが笑ってた
失恋のせい 友達のせい 親のせい 世の中のせい
青春は せいせいせいだらけ
あーせー こーせい いわれても無理!
「イヤなこと思い通りにならないこと(略)どんな経験にも意味はあって、いつかあなたの糧になる。」,俵万智からのメッセージ
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「チェンジ」というテーマから、不安という要素がうたわれています。個人差や個性、衝突、進路など、10代が直面する普遍的な葛藤の不安に作者が寄り添ったり励ましたり応援したりしています。繊細なテーマの歌詞の歌唱と、男声と女声によるハーモニーの美しい響きとその緊張感が伝わって魅力的です。
「チェンジ」を歌う有名な曲といえば、エリック・クラプトン「チェンジ・ザ・ワールド」が連想されます。
【歌詞】
「もしも星に手が届くなら 君のために一つ取ってくる
そして僕の心を輝かせる そうしたら君は真実が見える
(略)
ベイビー、もし僕が世界を変えることができるなら
もし僕が王になれたら たとえ1日だとしても君を女王として迎えるだろう
他の方法はない そして王国を作り上げ、僕らの愛がその王国を支配するだろう」
…
原曲はポップスです。自由や恋愛、独立精神の主張を、歌詞や楽器編成で直接的に表現することが特徴です。主にシンガーがマイクで独唱するのをギターとベースとドラムで支える形式で、外国の歌手のポップスの歌詞は、強い反骨精神や政治的意見の主張が顕著です。
合唱は、合唱のためだけに作られた曲だけではなく、ポップスとして作られた歌も合唱の形式で歌うことが出来ます。動画からは、正確な音程に、端正なスイング、確かな歌唱の技術が伝わると共に、メンバー一人一人が、ポップス的な個人の自由な精神や自立性、誇り、ときめきを感じながら歌っていることも伝わってきます。
Nコンの課題曲と「チェンジ・ザ・ワールド」を詩から比較してみると、前者は、周りから変わり者と言われることへの受動的な不安、自分が「変わってしまう」ことへの諦観や受容を歌っています。後者は「チェンジ」に対して、世界を自分と恋人の愛の王国に「変えたい」という能動的で強い愛の姿勢を歌っています。
同じ「チェンジ」というテーマも、作品によって解釈の違いが見えて興味深いです。楽曲の性格の違いも考察すると、さらに表現の違いが浮かび上がります。
3.ゴスペル風アレンジ
今回、緒方さんからのリクエストは、ゴスペル風アレンジでした。真っ直ぐで力強い歌詞とテーマは音源からすぐ共感できましたし、合唱団にカルミナの加藤希さんが参加して歌うことになったと聞いて、ぴったりのイメージだと思いました。
ゴスペルの形式は初挑戦でしたが、和音となった歌声の幸福感、声の振動の増幅に作用する数理の神秘性、その恩恵を音楽の隅々まで充たすように、神に感謝するような気持ちで、書法を凝らします。
・合唱全体の響きを厚くするため、メロディに3度下、6度上、にハモリのメロディを設ける。
・多人数での合唱や合奏における数理的な技巧の興を味わうため、カノンを設ける。
・低音を支える役目の多いパートに、主旋律を歌う場面を設ける。
カノンや対旋律の創出には、カルミナの活動で取り組んだ童謡やポップスの編曲経験を活かしました。
作者の音のイメージは、演奏者に解り易く伝わるのが理想的です。日本では空気が大事なので、空気が伝わるように音が伝わることを強く意識して制作に取り組みました。
ありがたいことに、初演はうまくいったとの報告が来ました。
希さんによる上手な合唱指導、希さんの陽気なホスピタリティ、コーチングの才能が発揮され、魔法にかけられたように(笑)合唱団がイキイキと気持ち良く歌を楽しめたのだろうと思います。私の音のイメージも無事に演奏者に伝わり、その意を得ることが出来たようです。
今回、多数の演奏者の方に、私のイメージした編曲を演奏していただくことが出来ました。
今後、音楽の理解をより深め、演奏の楽しみをより深められるような楽曲の制作をして、音楽を楽しむ活動を実践していきたいと思います。
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